京都 角屋おもてなしの文化美術館へ行ってきました

二泊三日で京都に行ってきました。
友人がちょっと体調をくずしたこともあり、のんびりと年相応に過ごしました。

今回のメインはここです。
角屋保存会

角屋(すみや)は、もと京都・島原花街(現・京都市下京区)で営業していた揚屋(料亭・饗宴施設)です。
建物は国の重要文化財に指定され、1998年より「角屋もてなしの文化美術館」として公開されています。


西本願寺北の花屋町通を西へ進むと、島原の入り口「島原大門」が見えてきます。

“島原”と聞くと、江戸の吉原と同じような“遊郭”をイメージする方も多いと思います。
しかし実の所、島原は老若男女、家族みんなで楽しめる“遊宴”の街だったのです。
吉原は遊女を閉じ込めた街で男性が楽しむための閉鎖的な場所であるのに対し、
島原は誰でも入れて食事や娯楽を楽しめる開かれた場所でした。

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*「置屋」とは太夫や芸妓を抱えて芸を教える教育の場。お客さんは迎えません。
*「揚屋」とは現代でいう料亭にあたり、置屋に太夫や芸妓を派遣してもらい、遊宴をしてもらう場所。

その揚屋建築を今に伝える唯一の遺構として『角屋』(すみや)が残されています。
角屋は現在の料亭と同じような用途で使われ、
太夫や芸舞妓を派遣してもらい、お客様に歌舞と食事を楽しんで頂くところでした。

角屋が営業していたのは昭和60年までで、
その後はお茶屋さんとしての宴会業務を終え、
『角屋もてなしの文化美術館』として現代にその揚屋建築を遺しています。
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実はこの角屋、二階に特別公開の青貝の間・扇の間があるのですが、写真がNGだったため撮れませんでした。

、二階の間は当時宴会で使われていたままの状態が保たれており、室内は真っ黒に煤けていました。



こちらは一階の広間です。

壁紙や照明など全てが営業当時の雰囲気を再現しています。

文久3年(1863年)には、この松の間で新撰組の芹沢鴨が大宴会を行い、
壬生の八木邸に帰宅後暗殺されるという事件がありました。
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松としだれ桜と紅葉の庭、素敵でした。
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Comment

京都そのものといった感じです・・・
美しい由緒ある神社仏閣も洗練されていて趣がありますが、
昔、営まれていた料亭が建物も庭園も文化財として残されていて知らない世界をみる事ができるのも素晴らしいですね~
お庭を覗く建具が好いですね~
窓格子も、勝手場らしき土間や帳場の席も時代の心にいきますよね・・
自然と静かに眺めてしまう感じ・・

師走の京都は寒かったですか?
新年を迎える年の瀬の風景はなんとなく関東より関西の方が感じられような気がするのですがなんでだろう?って思ってしまいます(笑)~
  • 2016/12/20 22:25
  • 山猿
  • URL
山猿さん
v-22山猿さん
京都に行かない?って言ったのが直前だったのに、いいよ、ってすぐ一緒に行ってくれる友達に感謝です。
行き先もしっかり決めずにぶらりと歩くのが楽しいです。
寒くもなく、よくこれだけというほどお喋りをして楽しい旅でした。
何回訪れても京都は感動的です。
  • 2016/12/23 10:08
  • masako
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