熊本大震災 築100年の町家の倒壊

昨日はちょっと泣き言言って心配おかけしましたね。
でもほんの少し泣きたくなっただけで、基本的には前向きですよ。
だって復興しない訳ないでしょう。
こんなにたくさんの支援を受けているのですからすぐですよ。
だから南阿蘇村にずーと住んで欲しい。
怖いからどこかへ行くなんていわないで欲しい。


息子を送るため、空港まで行きました。
その途中に築100年ほどの町屋を改装してお料理屋さんにしている家があります。
知人がやっているので心配で寄りました。
目にはいったのは、あの見事な長塀も母屋も門も倒壊している姿でした。
主人の実家と合わせて本当に悲しい光景です
古いものが消えてなくなるのは残念で残念で仕方ありません。
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201604272158209e3.jpg


そして見渡す限りのごみの山ができるのです。
一昨日の写真なのですが、昨日通ったらもう半分くらい片付いていました。
すごく早くて驚きです。
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熊本空港は霧が出やすいところなので時々飛行機が降りられない時があります。
そうなると、欠航になってしまうので心配していたのですが・・・
送って家に帰ってすぐに息子から電話で欠航を知らせてきました。
すぐ主人が空港に向かいまた家に連れ帰りました。
今日またこれから送っていきます。
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Comment

無残な写真に言葉がみつかりません。MASAKOさんが撮った写真はマスメディアから伝わる映像とは違って、ストレートに悲惨さを感じます。
私の亡父(大正5生)は小一の時、現さいたま市東部の田舎で、関東大震災で被災し、梁の下敷きになりましたが、かろうじて助かりました。もしそうでなければ私はいないことになります。
熊本大地震では50人の方が亡くなったようですが、運不運があったんですね。ところでT君も40代の働き盛りですね、懐かしいです。
  • 2016/04/28 11:06
  • 橋本壽則
  • URL
  • Edit
ご子息様も心配されて熊本入りされていたのですね。
ご無事なご両親とmasakoさんのお宅がそれほどの被害がなくて、きっと安心されたでしょうね。

本当に古い物が、二度と同じような建築物ができない物が破壊されてしまうというのは残念です。残念としか言いようがありませんよね・・
年月の経た物には同じように年月を経ないと出ない趣がありますものね・・・

ネットニュースからですが、先日の味千のラーメンを創業された方も市内で炊きだしをして元気な姿を出すことで頑張ってもらえたら・・と言っておられました。
水もガスもままならない時に在庫のある限り振舞おうというその気持ちは皆に“頑張ろう”という気持ちになりますよね。
創業者の奥様(78歳)が“現場復帰”して『どぎゃんかなるよ』と一杯のラーメンを手渡す明るい熊本弁が響いているそうです。
私の年齢で明るく頑張っている姿を見て少しでもあの年齢で頑張っているのだから私も頑張らなくては・・と思ってくれたら嬉しいと仰っていました。
ある67歳の女性は『自分より年上の女性が、あれほど頑張っている姿を見ると、私も元気に家や地区の片付けをやらないと、と思いますね」と笑顔を見せた・・・・と。
日本人の素晴らしさが海外で評価されていますが、本当のこの精神は日本人独特のものですよね。
“負けないで下さい”と思います。

必要な援助物資は日一日と変わっていきますけれど、暖かい炊きだしは本当にホッとするひと時になりますよね。

  • 2016/04/28 11:31
  • 山猿
  • URL
橋本さん
v-22橋本さん
本当に運不運を強く感じます。
私たちも運が強かったのでしょうか。

お父様も運がよかったのですね。
私の母も東京で関東大震災に遭いました。
地震というと裸足で飛び出していましたよ。

息子はよい父親になっています。
みんなで会いたいですね。
  • 2016/04/28 18:03
  • masako
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山猿さん
v-22山猿さん
私も味千ラーメンの炊き出しの様子を見ました。
私はごちそうにもなったのですが。
そうやってみんなが元気をだしてくれたら何も怖くないですよね。
本当に負けないで、逃げないでがんばっていきたいです。

  • 2016/04/28 18:09
  • masako
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